はじめに ― 「正しさ」だけでは動かない世界

管理規約全面改正業務を行っていると、管理規約に対する目線が専門家と管理組合で見事なまでに異なることを実感します。

ここで誤解していただきたくないのは、

管理組合が素人だから間違っている
専門家が正しいから従うべきだ

という単純な話ではない、ということです。

むしろ現場では、その逆とも言える場面に何度も出会います。


管理組合は、長い年月をかけてマンションを運営してきました。

  • どの住民がどのような考え方を持っているのか
  • 過去にどんなトラブルがあり、どう収めてきたのか
  • なぜこのルールが残っているのか

そうした“文脈”を理解しているのは、現場にいる人たちです。


その結果、

一見すると非合理に見える規定
標準管理規約から逸脱した条文

であっても、

実は「うまく回すための知恵」

として機能していることがあります。


一方で、専門家はどうか。

専門家は、

  • 法律との整合性
  • 標準管理規約との整合性
  • 将来の紛争リスク

といった観点から、規約を評価します。


つまり、

管理組合は「納得」で動き
専門家は「正しさ」で判断する


この違いが、規約改正の現場で衝突を生む原因です。


本稿では、

  • なぜ管理組合は標準から逸脱した規定を設けるのか
  • 専門家はそれに対してどう向き合うべきか

について、実務の視点から整理していきます。


1.なぜ標準から逸脱した規約が生まれるのか

まず前提として押さえておきたいのは、
多くのマンションで見られる“標準からの逸脱”は、

無知や誤りだけが原因ではない

という点です。


確かに、

  • 分譲時の古い規約がそのまま残っている
  • 法改正に追いついていない

といったケースもあります。


しかし、それ以上に多いのが

意図的に残されている規定

です。


典型例

例えば、次のような規定です。

  • ペットは一切禁止(ただし実態は黙認)
  • 駐車場は特定住戸に優先権
  • 修繕積立金の負担割合が不均衡

専門家の目から見ると

「整合性が取れていない」
 「法的に危うい」

と感じる部分です。


しかし管理組合側の論理は違う

管理組合の視点では、こうなります。

「それで今までうまくやってきた」


ここに、大きなズレがあります。


2.専門家は「正しさ」で考える

マンション管理士などの専門家は、基本的に

  • 区分所有法との整合性
  • 標準管理規約との整合性
  • 将来の紛争リスク

といった観点から規約を見ます。


つまり、

“正しいかどうか”で判断する


3.管理組合は「納得」で判断する

一方、管理組合はどうか。

管理組合の判断基準は

納得できるかどうか


具体的には

  • 昔からそうだから
  • あの人が困るから
  • 波風を立てたくないから

合理性よりも関係性が優先される


4.衝突が起きる瞬間

この2つの価値観がぶつかるのが、

規約改正の場面です。


専門家の提案

  • 「この規定は削除すべきです」
  • 「標準に合わせましょう」

管理組合の反応

  • 「今まで問題なかった」
  • 「なぜ変える必要があるのか」

ここで議論が止まります。


5.実務でよくある“失敗パターン”


失敗① 正論で押し切る

「法律的に正しいので変えましょう」


結果

  • 理事会が疲弊
  • 改正が頓挫
  • 信頼関係が崩れる

管理組合に信頼されない専門家はこのパターンが多いようです。国がマンション管理士を「管理組合に助言・指導する専門家」と定義しているためか、自信を絶対的な存在と感じてしまうのかもしれません。


失敗② 迎合する

 「では現状維持で」


結果

  • 問題が先送り
  • 将来リスク増大

どちらも失敗です。特に現状維持で良いならば専門家は必要ないです。


6.ではどうするべきか

答え

“翻訳する”こと


7.専門家は「通訳」である

専門家は

  • 正しさを押し付ける存在でも
  • 管理組合に迎合する存在でもない

間をつなぐ存在です。


8.具体的なアプローチ


① 現状を肯定する

 「今までの運用には意味がある」


② リスクを言語化する

「このままだと何が起きるか」


③ 選択肢を提示する

一つに絞らない


④ 決めるのは管理組合

主体性を守る

この中でも特に気を付けたいのは、②のリスクについてです。

多くの場合、管理組合はマンション標準管理規約から逸脱している場合のリスクについて何も理解していません。

この「リスク」について丁寧に説明し、最終的には管理組合に判断してもらうというのが、助言者としての最適解と考えます。


9.“正しい規約”と“機能する規約”


正しい規約

  • 法律適合
  • 標準準拠

機能する規約

  • 守られる
  • 納得される
  • 運用できる

両者は一致しないことがあります。このバランスを調整させることがとても重要です。


10.マンション管理士の価値


 条文を整えるだけでは大きな価値は出ません。


価値が出るのは、

  • 文化を理解し
  • リスクを見極め
  • 合意形成を支援する

この部分なのです。


おわりに ― 規約は「文化と法律の交差点」

管理規約は、

そのマンションの歴史そのもの

です。


だからこそ、

変えることは簡単ではありません。


しかし、

法律とズレた規約は
将来のトラブルの火種になります。


つまり

規約改正とは“文化と法律の調整”


そして

その調整役こそがマンション管理士です。